私はらばるすさんと一度だけお会いしたことがある。
しかし、その人がらばるすさんであることに気づいたのは、このサイトを開設した後のこと。柳美里さんが「新潮45」に連載している「交換日記」を読みなおして、次の一節に接したときだった。
〈柳さんにぜひプレゼントを渡したくて、花を買いに行く。
人に花を贈るのなんて……片思いしていた人に花束を贈った時以来かなぁ? サイン会開始の
1時間ほど前に花屋さんに到着。じっくりとイメージを固めた上で花を購入。嫌味なので値段
は書かないが……相当した(苦笑)。後で考えればこれは新宿価格なのだが……しまったな〉
その花束をどうしただろうか──、と考えましたが、Xさんのことも、花束をいただいたという
ことすら思い出せませんでした。(「新潮45」、03・7)
引用部分は、柳さんが2001年9月7日に新宿紀伊國屋書店で開催された『生』のサイン会に参加したXさん=らばるすさんの言葉を引きながら、らばるすさんから渡された花束についての記憶がないことを綴っている箇所である。
柳さんにはらばるすさんから渡された花束の記憶はないということだが、私にはあった。柳さんの文章を読んで、あの時の様子がくっきりと思い浮かんだ。それ以後、らばるすさんが柳さんに渡したあの大きな花束のイメージは、忘れることはできない鮮明な「記憶」となって私の中に留められている……。
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サイン会当日の9月7日、私は新宿東口のマイシティにあるプチモンド(マスコミ関係者が打ち合わせや取材よく使うレストランです)で、柳さんの最新エッセイ集『世界のひびわれと魂の空白を』(新潮社、03・9)の取材を行った。
「ダ・ヴィンチ」(01・11)掲載用の「スペシャル・インタビュー」のための取材で、現場には(個室を借りました)、担当の「ダ・ヴィンチ」副編集長の細井ミエさん(当時)、小学館「週刊ポスト」編集部の飯田昌宏さん(当時)、新潮社出版部の矢野優さん(当時)が集まった。
取材終了後、細井さん矢野さんは次の仕事のために現場を離れた。
柳さん、飯田さんと歓談していると、この後、夕方から紀伊國屋書店で『生』サイン会があるという話題が出て、柳さんのファン層を確認してみたいという思いと、柳さんがファンとどのようなコミュニケーションをとるのか興味があったので、サイン会を見学させてもらいたいというようなことを柳さんに話すと、「それじゃあ榎本さん、サイン会の手伝いをしてくれませんか」ということになった。
サイン会会場では、柳さんの右側に飯田さんが座り落款を押す仕事を、私は左側に座ってサインをしやすいように表表紙を開いて柳さんに渡し、サイン会の来場者一人ひとりに話しかけて場の雰囲気を和ませる仕事を担当することになった。
サイン会にはかなりの数(二百人以上はいたと思う)の参加者がいたが、その中でも特にふたりのファンの記憶が強く印象に刻みこまれている。
ひとりは、自分の順番が迫ってくる緊張感に耐えきれずに感きわまって泣きだしてしまった、紀伊國屋書店でバイトをしている若い女の子。彼女には、「泣かなくても大丈夫だから、柳さんにサインをしてもらおうね」と話しかけた記憶がある。
もうひとりは、大きな花束を抱えた若い男性。
当日はいくつかのプレゼントがファンから渡されたが、彼はいまどき女性にプロポーズする状況でも渡さないような大きな花束を抱えて、柳さんの前に現れた。
場違いともいえる花束の大きさと豪華さのため、彼の印象が私の中に強く刻みこまれたわけだ。
彼の顔は紅潮し、明らかに興奮している様子だった。
喋り方もしどろもどろで、感情をコントロールできていないような雰囲気があった。
後でわかったことだが、彼こそがらばるすさんなのであった。
柳さんは、らばるすさんからの花束を確かに受け取り、花束は他のファンからのプレゼントと一緒に、柳さんの要請で小学館の担当者がマンションまで届ける手はずになっていたと記憶している。
柳さんは「交換日記」で「その花束をどうしただろうか──」と書いているが、第三者に譲渡されることなく、確実に柳さんの手に渡っているであろうことを、ここに付記しておきたい。
らばるすさんはサイン会終了まで会場にいて、サイン会の様子を見守っていた。
サイン会終了後、私たちがエレベーターで上階の控室に戻るのを見送ってくれた記憶もおぼろげながらある。
時間にして39秒ほどだが、らばるすさん自身がサイン会の模様を撮影したビデオカメラのデータが残されている。
そこには、柳さん、飯田さん、私の三人の姿がはっきりと映っている。
私は柳さんとともに、らばるすさんの視線によってとらえられている。そう、彼のまなざしによって…。
サイトメンバーでらばるすさんの弟であるhakkaからムービーファイルの提供を受け、今回コンテンツのひとつに加え、公開することにした。
私自身、らばるすさんとお会いしていたという事実に接し、驚きと感銘を禁じえない。
らばるすさんに導かれるようにしてLa Valse de Miriの制作・運営に携わっていることの不思議さを、いま改めて実感している。
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